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千葉地方裁判所 昭和33年(ワ)177号 判決 1965年3月25日

原告 広瀬雅一

右訴訟代理人弁護士 五十嵐与吉

被告 緑川きん

<外三名>

右被告四名訴訟代理人弁護士 原山庫佳

右訴訟復代理人弁護士 小川彰

主文

一、被告等は、連帯して、原告に対し、金一、五〇〇、〇〇〇円及び之に対する昭和三二年一〇月一日からその支払済に至るまでの年一割五分の割合の金員を支払はなければならない。

二、訴訟費用は被告等の連帯負担とする。

三、この判決は、原告に於て、金三〇〇、〇〇〇円の担保を供するときは、仮に、之を執行することが出来る。

事実

原告訴訟代理人は、主文第一、二項と同旨(第一項は、被告等に対する各自請求であるが、実質は、連帯請求であると認められるので、判旨と同旨であると認める)の判決並に仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

一、原告は、被告緑川きんに対し、昭和三二年三月一二日、原告の所有に係る別紙目録記載の土地及び建物(以下、本件物件と云ふ)を、代金合計金四、〇〇〇、〇〇〇円で売渡し、同時に、代金の支払について、内金一、五〇〇、〇〇〇円は同日直ちに、内金二五〇、〇〇〇円は同年五月三〇日に、内金一、五〇〇、〇〇〇円は同年九月三〇日に、夫々、之を支払ひ、残金七五〇、〇〇〇円は、原告が訴外小川謙三に対し負担して居る元金七五〇、〇〇〇円の借受金債務並にその利息及び損害金債務を、右被告に於て引受け、原告を免責させることを以て支払に代へる旨及び各分割金を期限に支払はないときは、夫々之に対し、年一割五分の割合による遅延損害金を支払ふ旨の約定を為し、右被告は、右約定に基いて、右同日、金一、五〇〇、〇〇〇円の支払を為したので、即日、その登記を了した。

二、而して、被告緑川仲治、同宮崎仙七及び同宮内泰男は、右売買契約と同時に、夫々、原告に対し、被告緑川きんの原告に対する前記債務について、連帯保証債務を負担する旨を約した。

三、然るところ、被告等は、昭和三二年九月三〇日に支払を為すべき約定の前記金一、五〇〇、〇〇〇円の支払を為さないで居るので、被告等各自に対し、右金一、五〇〇、〇〇〇円及び之に対する支払期日の翌日である昭和三二年一〇月一日からその支払済に至るまでの年一割五分の割合による損害金の支払を命ずる判決を求める。

と述べ、≪以下事実省略≫

理由

一、原告主張の日に、原告と被告緑川きんとの間に於て、本件物件について、原告主張の売買契約が成立し、同時に、同被告が、原告とその主張の約定を為し、且、同被告を除くその余の被告等が、原告に対し、右被告緑川きんの原告に対するその主張の債務について、連帯保証債務を負担することを約したことは、孰れも、当事者間に争のないところである。

二、然るところ、被告等は、右売買契約及び之に附随する各約定は、錯誤に基くそれであるから、孰れも、無効のそれであり、仮に、然らずとすれば、それ等は、原告の強迫によるそれであるから、孰れも、取消し得べきそれであると云ふ趣旨の主張を為して居るので、審按するに、≪証拠省略≫を綜合すると、原告は、昭和三一年七月六日頃、訴外孝田幹三との間に於て、同訴外人から本件物件を、代金二、二〇〇、〇〇〇円、買戻約款付で、買受ける旨の契約を締結し、その頃、その代金の支払を了して、(一部は現金で、一部は債務の立替払を為して)、その登記名義人である被告緑川きん(但し、一部に他の訴外人名義のものもある)から原告に直接所有権が移転した旨の登記を為したこと、及び原告が、右訴外人から、本件物件の買受を為すについては、右訴外人が、原告に対し、その所有権者である被告緑川きんから、(その一部には、他の訴外人名義のものもあったが、弁論の全趣旨によると、その物件は、被告緑川きんに於て、之を処分する権限を有したものであると認められる)、之を買受け、その登記は、之を了して居ないけれども、同訴外人の所有に帰して居るものである旨を言明して、その買受を為されたき旨の申入を為し、且、本件物件の権利証、委任状、印鑑証明書等を所持していたので、本件物件は、真実に、右訴外人の所有に属するものであると信じて、その買受を為し、且、中間登記を省略して、右登記を為したものであることが認められ、この認定を動かすに足りる証拠はないのであるが、右訴外人が、その所有権者である(その一部分についてはその処分権を有する)右被告緑川きんから本件物件を買受けて、その所有権を取得したことについては、之を認めるに足りる証拠がなく、尤も、証人朝倉芳雄、同飯島修次の各証言並に被告本人宮内泰男の供述によってその成立を認め得る乙第一号証には、右訴外人が右被告からそれを買受けて、その所有権を取得した旨の記載があるけれども、右証人等の証言及び右被告本人の供述によると、右乙第一号証は、それに記載された事実なくして、単に、他人に見せる為め、形式的に作成されたものであるに過ぎないものであることが認められるので、之を以て、右事実のあることを認める資料とはなし難く、他に、右事実のあることを認めるに足りる証拠はないのであるから、結局、右事実のあることは、之を認めるに由ないところであって、却って、右証人等の証言並に右被告本人の供述によると、右被告が右訴外人に本件物件を売渡した様な事実は全然ないことが認められるので、右訴外人は、本件物件の所有権は、之を取得して居なかったものであると云ふ外はないものであり、然る以上、原告は、本件物件の所有権は、之を取得し得なかったものであると判定せざるを得ないものであり、原告は、この点について、更に、右訴外人は、右被告から本件物件の処分権を授与されて居て、之に基いて、原告と前記契約を締結したものであるとか、或は又、右訴外人は、右被告の代理人として、右契約を締結したものであるとか、又、更に、右被告はその追認を為したものであるとか主張して居るけれども、その様な事実のあることは、之を認めるに足りる証拠が全然ないのであるから、その様な事実のあることを理由として為された、原告が、本件物件について、その所有権を取得した旨の原告の各主張は、孰れも、その理由がなく、而して、原告本人の供述と前記認定の事実とを綜合すると、原告は、前記の様に信じて、前記買受を為した為め、之によって、本件物件の所有権を取得したものであると信じて居たことが認められ、一方、≪証拠省略≫を綜合すると、被告緑川きんは、昭和三一年五、六月頃から、その所有に係る(一部はその処分権を有する)本件物件を担保として、他から融資を受けることを意図し、その頃、之をその甥である被告緑川仲治に一任し、同被告は、被告宮崎仙七を介して、訴外朝倉芳雄にその融資先の物色方を依頼したところ、同訴外人から訴外飯島修次を紹介されたので、同訴外人に、之を依頼したところ、同訴外人は、更に、被告宮内泰男を紹介したので、同訴外人にその斡旋方を依頼し、本件物件の権利証、委任状、印鑑証明書等を同訴外人に交付し、同訴外人は、更に、その知人である訴外孝田幹三に相談したところ、同訴外人は、自分は、群馬銀行の頭取である訴外木暮武太夫の妾腹の子であって、自分が云へば、本件物件を担保として、融資を受けることが出来る旨を言明したので、右訴外人の言を信じ、同訴外人に、本件物件を担保として、群馬銀行から融資を受けることを依頼し、右権利証、委任状、印鑑証明書等を同訴外人に交付し、然るところ、右訴外孝田幹三は、右権利証その他の書類がその手中に入ったのを奇貨とし、之を利用して、自己の為めに、金融を得ようと企て、かねて金借などして知合の間柄である原告に対し、右書類等を示して、本件物件をその所有権者から買受けて、その所有権を取得して居る様に言明し、原告をその様に信じさせて、その買取方を申入れ、その結果、昭和三一年七月六日頃、原告と、前記の通り、本件物件の売買契約を締結し、且、被告緑川きんを欺いて、原告の為め、所有権取得の登記を為したこと、然るところ、その後に至り、被告緑川きんは、被告宮内泰男及び同緑川仲治等を通じて、本件物件が原告名義を以て、所有権移転の登記が為されて居ることを知って、驚き、右被告両名等を通じて、原告に対し、原告がその所有権を取得して居ないことを主張して、被告緑川きんにその名義の書替を為すべきことを要求したところ、前記の様に信じて居た原告は、之を拒絶し、却って、右被告に対し、本件物件の引渡方を要求したので、爾後、右両名の間に於て、本件物件の所有権の帰属について紛争が生じ、互に、その所有権を主張して、抗争して居たのであるが、その間、双方は、互にその主張を維持しながらも交渉を続け、その結果、双方に歩み寄りの気運が生じ、昭和三二年三月初旬頃に至り、互に、譲歩して、和解を為すこととなり、被告緑川きんは、原告の所有権を認め、原告は、之を同被告に売却することとなり、次いで、その売買代金の額についても意見が合致するに至ったので、同月一二日、右被告は、本件物件が原告の所有であることを承認し、原告は、之を右被告に代金四、〇〇〇、〇〇〇円で売渡すことを承認して、両者間に和解契約が成立し、同時に、その代金の支払について、原告主張の通りの約定が成立し、それと共に、被告緑川仲治、同宮内泰男、同宮崎仙七は、原告に対し、右代金の内、本件金一、五〇〇、〇〇〇円の元金及損害金の支払債務について、連帯保証債務を負担する旨を約したことが認められ、右被告各本人の供述中、右認定に反する部分及び右認定の趣旨に牴触する部分は措信し難く、他に、右認定を動かすに足りる証拠はなく、而して、右認定の事実によって、之を観ると、原告と被告緑川きんとの間に於ては、本件物件の所有権の帰属について、民法上の和解契約が成立したものであると判定するのが相当であると云ふべく、然る以上、民法第六九六条の適用があるから、原告は、之によって、本件物件の所有権を取得したものであると云ふべく、従って、被告緑川きんが、仮令、被告等主張の様に誤信したとて、錯誤があると云ふことの出来ないものであり、又、その余の被告等は、右和解契約の成立したことを承認した上、前記連帯保証契約を締結したものであるから、被告等主張の錯誤があると云ふことの出来ないものであり、従って、前記売買契約及び之に附随して為された支払契約と連帯保証契約等が錯誤に基くそれである旨の被告等の主張は、理由がないものであり、又、証拠上、認定し得る事実は右認定の通りであって、この事実によって、之を観ると、右各契約の締結について、原告が強迫を為したと云ふ様な事実はないと云ひ得るから、右各契約が原告の強迫に基いて締結されたものである旨の被告等の主張も亦理由がないものであるから、被告等の右各主張は、孰れも、之を排斥する。

三、被告等は、右和解契約は、紛争なくして為されたそれであるから、その前提要件を欠くものであって、無効のそれである旨を主張して居るけれども、原告と被告緑川きんとの間に於て、本件物件の所有権の帰属について、紛争のあったことは、前記認定の通りであって、被告等の右主張は理由がないから、之を排斥する。

四、然る以上、原告は、被告等に対し、本訴請求金員全額の被告等連帯しての支払を求め得ることが明かであるから、被告等に対し、その支払を命ずる判決を求める原告の本訴請求は、正当である。

五、仍て、原告の請求を認容し、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八九条、第九三条を、仮執行の宣言について、同法第一九六条を、各適用し、主文の通り判決する。

(裁判官 田中正一)

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